堀井雄二エッセイ 学校では教えてくれないこと






サンデー毎日臨時創刊
著名人29人の「わたしが受験生だったころ」

2010年3月19日発行


漫画家やスポーツ選手、また小池百合子氏と並んで、堀井雄二氏が「ドラゴンクエスト 作者」として、自らの幼少期から大学生活を経て、ゲーム制作者となるまでの想い出を寄稿している。

ゲームの内容は控えめに語っているが、氏のルーツやゲーム観、そして「ドラゴンクエスト」というゲームを通して、プレイヤーに伝えたかった事が披瀝されている希少なエッセイなので、当ブログを再開するにあたって、是非ともご紹介したい。

あなたは、ドラゴンクエストから、何を学びましたか?


【私の師】堀井雄二(ゲームデザイナー)

学校では教えてくれないこと


私は、淡路島の洲本市で生まれました。実家は、商店街でガラス屋を営んでおり、家からは山や海、川、そして洲本城へも徒歩十分で行ける自然環境に恵まれたロケーションで、洲本城の天守閣から、よく市内を一望したものです。

小さいころの私は悪戯が大好きで、悪戯っ子のことを関西方面では“イチビリ”というのですが、たとえば、テレビのチャンネルを引き抜いて、むき出しになった部分を何本ものエナメル線で結び、それを、わざと家族に触らせてビリビリと痺れさせるなど、人を驚かせ、ワクワクしながらその反応を見たものでした。

もともと絵を描くことも好きで、家では自作の双六で遊んだり、授業中にはノートの切れ端に似顔絵を落書きするのも大好きでした。実家の裏手には貸本屋があり、中学校に入るとこの貸本屋に入り浸りになり、店にあった『少年』、『少年画報』、『冒険王』などの漫画雑誌や単行本の漫画を全て読み漁りました。なかでも、手塚治虫さんの「不思議な少年」という作品が好きで、さまざまな作品を読み、自分なりにストーリーを考えて絵も描くようになりました。人に上手だと褒められるうちに、将来は漫画家になろう!と心に決めたのです。

高校進学と同時に漫画同好会に入り、部屋に篭っては漫画を描く日々を送りました。その後、早稲田大学に進み、漫画研究会に入り、漫画雑誌の原稿取りやデパートの屋上のイベント用の似顔絵描きのアルバイトをしていましたが、大学二年生の時に、早大漫画研の本を作る仕事に携わり、そこに文章を書いたことがきっかけで、そのまま大学卒業後もライターの仕事をするようになりました。ライターの仕事をしている頃、仕事のデータ整理をする目的でコンピュータを手に入れ、それからゲームソフトを買って遊んでいるうちに、いつの間にかコンピュータ・ゲームに夢中になり、次第に自分でゲームを作るようになりました。

コンピュータ・ゲームというと、最先端の仕事のようですが、実はとてもアナログな仕事です。たとえば、私は、これまでに「ドラゴンクエスト(通称ドラクエ)」というゲームを六作、作っていますが、ゲームの一作品を作るのに企画段階から完成まで最低でも三年間の歳月がかかります。渡しの場合、ゲーム中の登場人物の台詞や舞台となるお城の間取り、人の配置など、思いついたことをすべて手書きのメモにしており、そのメモを厚さ十センチのファイルにストックしています。ゲームを作るときには、このファイルからひとつひとつ台詞を拾い出し、組み立てていくのです。

「ドラクエ」は、登場人物の主人公やその仲間たちに、ゲームをする子供が自分の好きな名前をつけることができます。自分の名前をつけてもいいんです。すると、ゲームのなかの自分が、現実とは違う人生をコンピュータを通して体験できます。そして主人公と仲間がゲームを進めていくなかで戦闘力や知力を身につけて力を高めます。そして次々と襲いかかる魔物を倒し、最大の敵、魔王に戦いを挑むという、冒険物語です。ゲームには、一作品ごとに“仲間”“人生”“親子”といったテーマを設定しています。友情や血縁の大切さを、ゲームを通して子供たちに伝えたいからです。そして、私自身にとっては、これらのゲームは“イチビリ”としての楽しみも持っています。というのは、いろいろなところに意表を突く仕掛けや謎解きをたくさん隠しているからです。

こうしたゲームを作るときは、いかに子供たちを飽きさせずに物語のなかに導いていくことができるかを考えています。私が生まれ育ち、縦横無尽に走り回った淡路島の自然と貸本屋にあった数々の漫画、そして、漫画家の手塚治虫さん、作家の司馬遼太郎さん、東海林さだおさん、星新一さん、眉村卓さん、筒井康隆さんなどの作品を読んだという経験が私の仕事の根幹になっています。少年だった頃、手塚治虫さんの漫画を読み、二次元の世界が三次元にも四次元にも広がっていくという奇想天外なストーリーのなかに自分がぐんぐん吸い込まれていったように、今の子供たちが私の作るゲームのなかに吸い込まれ、そのなかで、学校や家庭では教えてくれないことを学び、さらに自分を見つめていってくれたらいいと思っています。

今の子供は、何かをして間違えたとき叱られるのが怖いから、必要以上に萎縮して親や先生の顔色を見ることが多くなっています。しかし、コンピュータだと間違えても大丈夫。子供たちに対しては、“自分はできるんだ”と自信を持たせてやりたいのです。その自信をつけるためには、成功体験が不可欠です。「ドラクエ」は、ゲームの登場人物に自分を投影することができますから、ゲームが自分を客観的に見つめる道具にも成り得ると思うのです。いつの時代にも、大人は、漫画やアニメ、そしていまはテレビゲームを良くないものと言いますが、漫画やアニメ、テレビゲームは、子供心に直接、刺激的に訴える力を秘めているということを分かって欲しいし、そのことが分かる大人として子供たちにメッセージを送っていきたいと思います。


※全文転載。適宜、読みやすさを考慮して改行を加えた。


(以下管理人)

『ドラクエ』の世界では、例えば強い敵に遭遇して全滅の憂き目にあって、度々失敗しても、何度棺桶に入っても、地道にレベルを上げて、努力を重ねれば、いつかは、目標を達成できます。

やり直しがきくのは、ゲームの世界だけであって、現実ではそうはいかないかもしれません。

努力が報われないことも、理不尽なこともあるかもしれません。

でも、あなたが『ドラクエ』で得た経験は、必ず、現実の生き方に反映されています。

「もう一つの人生」で得た成功体験は、あなたの勇気につながっています。

「人生」という名のロールプレイングゲームの主人公は、あなたです。


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コメント

No title
はじめまして。
ブログの再開、待ってました。

私も大人になって改めてドラクエの奥深さに気付かされた一人ですが、
作品の源流を記した貴重な資料の数々が素晴らしいですね。
また、記憶の奥底に沈んだ80年代から90年代へかけての空気を
再生してくれるかの如くで、まるで自分の手によらない
当時の日記を読むように楽しく拝読しています。

またちょくちょく訪れて読みたいと思います。
書き込み失礼いたしました。
Re: No title
> はじめまして。
> ブログの再開、待ってました。
>
> 私も大人になって改めてドラクエの奥深さに気付かされた一人ですが、
> 作品の源流を記した貴重な資料の数々が素晴らしいですね。
> また、記憶の奥底に沈んだ80年代から90年代へかけての空気を
> 再生してくれるかの如くで、まるで自分の手によらない
> 当時の日記を読むように楽しく拝読しています。
>
> またちょくちょく訪れて読みたいと思います。
> 書き込み失礼いたしました。

コメントありがとうございます。
当ブログをご拝読頂けて、とても嬉しいです。

『ドラゴンクエスト』が生まれた源流を探るべく、過去の様々な資料を蒐集していますが、
単なるノスタルジーに留まらず、新たな創作を産みだす糧となればと願っております。
いかなる時代においても、新たな創作を産みだす方々の情熱は、不変です。
『ドラゴンクエスト』について語られた多くの言葉は、きっと、私たちにとって、新たな世界を切り開くカギになることでしょう。

ブログに綴りたい事は沢山あるのですが、いかんせん時間が限られているため
更新が滞りがちなのは、誠に申し訳ない限りです。

過去に掲載された文章の全文転載はなるべく控えたいところですが、主観を押し付けず、読者に感想を委ねたいので、やむなく行っていますが、
私の望みとしては、考古学者が埋もれた歴史の断片を辿っていくように、ゆっくりと、過去の記録と記憶を、まとめていきたいところです。

これからも、「過ぎ去りし時を求める旅」にご付き合い頂ければ幸いです。
また、遠慮なくコメント、ご感想を頂ければ、とても励みになります。
ありがとうございました。

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