'96年4月 ゲーム批評 堀井雄二 今だから語れるドラゴンクエスト




ゲーム批評 Vol.8(1996年4月号) 堀井雄二 今だから語れるドラゴンクエスト


「広告を一切掲載しない」という方針で異彩を放っていたゲーム雑誌『ゲーム批評』。大手ゲームメーカーのソフトであっても、完成度が低ければ容赦なく批判を加えるなど、独自の編集方針を貫いていた。創刊当初はスーパファミコン末期から次世代機に移行する時期であり、プレーヤーが“演る”のではなく“観る”方向に軸足を移していた、いわゆる「ムービーゲーム」に批判的であり、あの「ファイナルファンタジーVI」に対してもNOを突きつけ、「RPGとは何か」という問題提起を読者に示していたと思う。

これは、ドラゴンクエストVIの発売から約5ヶ月後に掲載されたインタビュー記事である。ドラクエVIの発売直後はプレーヤーからの批判的な意見が多く、それに対して堀井が辛辣な反論を試みているのが面白い。他にも、堀井雄二のドラクエ・RPG観、映画や小説とゲームの違い、過去のタイトルの総括、ドラクエVIの味わい方など、ファンであったらとても興味深い内容が語られている。いずれもドラゴンクエストの創作背景を考察するにあたって非常に重要だと思うので、要約ではなく全文を転載する。

なお、このインタビュー記事には、ストーリーの“当初の構想”(裏設定ではない)が含まれており、ストーリー考察ブログでも一部が引用されている。このエントリーにおいても注意書きを付した上で引用するが、管理人の希望としては、ストーリーの部分よりも、堀井の創作背景に注目して頂きたい。

文章内の下線強調表記は全て管理人によるもの。また、読みやすさを考慮して、適宜改行を加えた。









堀井雄二 今だから語れるドラゴンクエスト

最新作「VI」において、RPGの最高峰を極めたと思われる超人気シリーズ「ドラゴンクエスト」。その生みの親、堀井氏にそのRPG観と今だからこそ語れる「ドラゴンクエスト」秘話を聞く!



ゲームはユーザーがやって初めて完成するメディアです。


編集部(以下編):それでは「VI」の話からお伺いしたいんですが、反響はいかがでしたか?
堀井:よかったというのも多いんですけど、期待はずれだったとか、「こんなの!」という声もデカく聞こえてくるんですよね(笑)。その割には、この時期に三百万本実売で売れてるんで、つまらないという声は一部じゃないかとは受け取っています。声はデカイけれども、結局面白いと思ってくれたんじゃないかと。
:今までのドラクエの中でも最高峰じゃないかと感じましたが、他誌のインタビューなどでおっしゃられていた「簡単にするのをやめた」というのが、今のユーザーには厳しかったんでしょうか?
堀井:それは「ドラクエ」というのでなくて、RPGに飽きてる連中の声なんですよ。その人たちって、どのゲームやってもつまらないという人たちなんです。あとは、方法的にレールの上に乗ることに慣れてしまって、悩むことを楽しむというのじゃなくて、とにかく早解きしたい、あるいは考えたくない。ただ何も考えずに出来るゲームがいいとか。自分からその世界を楽しむ気持ちがないと、やる前から一歩引いてしまうんですよね。
:ユーザー自身も考えて、せっかく遊んでいるんですから、もっと能動的にならなくちゃいけないということですね。
堀井:そうですよね。だからそういう意味で、スクウェアさんとは別の方法論だと思うんです。「FF」となると、映画的な演出をして、見せるお話を突き詰めていて、それはそれですごくいいことだと思うんです。でも、それは「FF」の方法論ですから。「ドラゴンクエスト」は、あくまでも「自分で体験する物語」ということで作ってきたわけです。「VI」はそれの集大成になったと思います。




(以下ネタバレ含む)

バーバラの秘密はユーザーの想像に委ねます。 


:今回は、天空シリーズの完結編ということで。
堀井:完結までは至らないんですが、ロトシリーズがI・II・IIIできれいに終わりましたので、次は天空シリーズだって。実は、何も考えてなくて、「三作くらいになるんじゃないかな」くらいな感じでいっちゃったもんですから(笑)。ロトシリーズほどきれいにまとまってはいないですよね、共通の世界じゃないし。
:いろいろ編集部で深読みをして、もしかしたら「VI」・「IV」・「V」ってつながるんじゃないかと。その辺はどうですか?
堀井:「VI」って、僕の中でいえば、天空城ができたいわれみたいな程度のつなぎなんですけどね。夢の世界が消えてしまってお城だけが残った、という。「III」ほど具体的に何もいっていないですけども。あとはやる方の想像にまかせようと。
:最初にミレーユが笛を吹きますが…。
堀井:あれについていろいろ作ろうと思ったんですよ。だんだんその時間とメモリがなくなってきて、最後の方にお城のじいさんにもらったということにしちゃったんです。最初の設定では、バーバラがドラゴンになるというのもあったんですけれどもね。
:バーバラだけパーティからはずせないんで、絶対何かあると思ったんです。
堀井:本当はバーバラとドラゴンと笛の三つのテーマのお話が一本裏にあったんですけど、なくなってしまった(笑)。
:もったいないですね。
堀井:バーバラ自体、カルベローナが滅んじゃって、精神体だけの存在ですよね。だから住むところは夢の世界というか、天空城しかないということで。
:それでドラゴンになって、一つの体を得るんですか。
堀井:その辺で、バーバラがマスタードラゴン(笑)という話もあるんですよね。そこまでいっちゃうと逆にちんけになるような気がして、あえていってないんですよ。そういう意味ではみんな気になっていた、ミレーユがいつ実体化したんだという問題。ミレーユは、初めから実態を取り戻していたんですよね。そういう設定なんですけれども、「僕はまだミレーユの実体見つけてません」とかいう意見もある(笑)。その辺どこまで書くかという問題があって、書くことは出来るんですけれども、饒舌になってしまうし、それでは想像して楽しむという要素がなくなってしまうというのがありまして。匂わしてるのが必要なんです。だから次世代のパノンとかも実は海底にいるんです。でも、見つけても見つけなくてもいいよ、みたいなね。しかも、その人物に会ってもパノンといってないんですよね。「変な面白いおじちゃんがいる」みたいなセリフだけで。ある種ゲームというのは、ユーザーがやって初めて完成していく、という変なメディアであるんです。その辺ユーザーがイメージで作れる部分を私は残しておきたい。完全にすべての情報を与えてしまうんじゃなくて、「俺はこう思った」とかいろんな思い入れがあると思うんです




RPGに定義は必要ない。大切なのは楽しむこと。


:そういう意味では、物語主導型のすごく饒舌に語るRPGの流れというのはどうなんでしょう。もちろん、その中にも素晴らしい作品はありますが、RPGの定義を考えると、方向性が違うのではないかと。
堀井:ここまで来ると、いい悪いじゃなくて好みの問題だと思うんですよね。俺は見せられるRPGが好きだ、一本道でもストーリーが素晴しければ好きだ、という人もいるし、俺はやっぱりお仕着せでやるのはいやだから、自分で好きなようにやるのが好きだ、という人もいると思うんですよ。それは個人の好みで、やる側が選択することじゃないかと思うんです。
:前回、RPGの特集をやって、RPGの概念について考えると、体験できるのがRPGの良さならば、ストーリーを映画的に楽しむのは、ゲームじゃなくてもいいんじゃないか。その存在意義はなんだろうと考えてしまったんですが。
堀井:ストーリー主導型であっても、ゲームというメディアの形態をとってますよね。その分感情移入は映画よりもあると思うんです。ある程度、自分で動かしてる気はしますし。小説と映画でも、同じお話で、小説読むのと映画を観るのでは違いますよね。そういう意味で映画を観るのとゲームを楽しむのでは違うと思います。だから、意味はあるんじゃないですかね。
:表現形態の違いということですよね。では、細分化された現状でのRPGというものの定義って何でしょう。
堀井:そうですね。RPGという呼び方自体が、あまり意味がなくなってきますよね。例えば、役割を演じるという意味では、スーパードンキーコングもドンキーコングの役割を演じますよね。それはそれで役割を演じるゲームじゃないか。でも、あれはRPGではなくアクションゲームと呼ばれてますよね。RPGは冒険という意味ではアドベンチャーですよね。だから、呼び方だけにそんなにこだわらないで、コンピューターメデイアを使っていろんな表現が出来ると捉えればいいんじゃないでしょうか。今、ジャンルをわけているのは便宜上の問題でしょう。「FF」とか「ドラクエ」とかいうゲームはRPGと覚えろと。もとの意味はこの際気にしないと。役割を演じようが演じまいが、こういうのはRPGだよと。その辺の感覚ってアバウトで(笑)、遊んでいるときに楽しければいいんだ、みたいな。




とにかくコンピューターでドラマが作りたかったんです。


:「ドラゴンクエスト」は、もちろん堀井さんがお一人でお書きになっていらっしゃるんですよね。一日どのくらい作業されるんですか。
堀井:いや、すごいムラがありますね。それこそ二十時間くらいやることもあれば、気分が乗らなくて二時間しかやらない時もある。三年半というスパンなんで、長いですから、ずっと集中はできないです。ただ、やっぱり後半は、すごいですよね。最初の半分くらいは、いろんなアイデイアを展開するというか、集めます。発想を豊かにするというのがあるんですよね。一年半くらい前から、それを形にするために絞っていく作業があるんですよ。いろんなイベントを形にしていくわけですよね。アイディアというのは結構浮かぶんだけれども、マップにおこして人をおいて人に台詞を入れていって、具体化するときに、あれ?こういう風じゃないな、というのが結構あるんですよね。これじゃ軽すぎる、雰囲気がでないとか。その段階でしんどくなるわけですよ。でも後半になっていくと、どんどん固まって、悩むこともなくなっていって、あとはラストまで突き進むだけ。だから、最後の三ヶ月くらいやたらスピード速いですよ。
:テンションを維持するのは大変じゃないですか。
堀井:確かに維持はしないですよ。だから、僕はときどきテンションを上げます。ときどきだけ。だから、周りから見てるとぼーっとしているように見えちゃう(笑)。そのぼーっとしている時間がすごく大事で、ぼーっとしているときにちょっとずつテンションあげていったりしているんですよね。それでピークに達すると一気に書ける、みたいな。あとは、結局忙しい間でも、僕はゲームやるんです。友達に「忙しいのにすげえゲームやってるじゃん」っていわれるんですけど(笑)。他の人の作ってるゲームやると、刺激になる。いろいろやってるなと思って作品を磨く気になることがありますよね。
:そういった面で堀井さんの方で、最近刺激を受けたという作品はございますか。
堀井:最近僕が興味を持っているのは、新世代機が出て表現力が豊かになったという意味で、「MYST」とか「Dの食卓」とか、アドベンチャーですよね。僕は、本当はアドベンチャー作ってたんですよ。何でかというと、僕の生い立ちはライターで、漫画家にずっとなりたかったんですよね。で、コンピューターメデイアに出会って、これでお話を作れないかって思ったのが始まりなんです。それで、「ポートピア連続殺人事件」というアドベンチャーを作って、「軽井沢殺人事件」を作って、「オホーツクに消ゆ」を作って。その時点で、アドベンチャーというものに若干行き詰まり感じたんですよね。当時のアドベンチャーゲームって紙芝居の絵一枚で、周りは見えないんです。それだけの情報量しかなくて、あとは文字でやるしかなかった。そういう意味で、すごい行き詰まり感じたんですよ。ただ、ここに至って、結構情報量を載せられるようになってきましたよね。これはこれですごく面白いアドベンチャーがでてくるんじゃないかと思いますよね。
:なぜ、コンピューターという表現手段を選択されたんですか?
堀井:もともとおもちゃ好きだったんですよ。それでゲーム自体がすごく好きで、初めてやったのがテニスゲーム。「ポン」ですよね。あれやってたときに、いままで見るだけだったテレビが、画面を自分で動かしているっていう、それで反応してくれてるのがすごく嬉しかったんですよ。「えっ、これおもしろいよ」って。漫画の原作とライターやってたときに、パソコン買ったんですが、27歳か28歳の時で年齢的にすごく遅かったんです。それまで触ったこともなくて、どんなものか分かんなくて。ただ話題になってたから、いってみれば今のウィンドウズ騒ぎみたいなもんで。その時は、マイコンっていって、今のウィンドウズほどじゃないけれど、「これからはマイコンだ!」みたいな記事があったんですよね。すごく面白そうだなと思って、買ったんですよ。それでハマっちゃって。最初仕事に使おうと思ったんです。でも仕事に使えなくて、それでも面白くてゲーム買ってきて遊んだんだけど、いまいち面白いゲームがなくて。BASICという言語があって、触ってるうちに覚えちゃって、自分でいろいろ改造したりとか、これなんか自分でも作れるんだな、とか思って、自分でキャラクター作って動かしてみると動くんで、またまたはまっちゃって。プラモデルを組み立てる、そんな楽しみですよね。その当時やっていたことは。そして、とにかく感じたんですよ。これを使って話を書きたいな、と。



(インタビュー掲載誌より。堀井自身の手書きによる膨大な仕様書のファイル)



(別書籍より。ライフコッドのマップおよび会話のフローチャート)




堀井氏自身ドラクエシリーズを振り返って…。


:堀井さん自身「ドラゴンクエスト」を「I」から振り返っていかがですか。
堀井:とにかく「I」は「ウィザードリィ」と「ウルティマ」から入った経歴があって、頑張りましたね。当時テレビゲームといってもゲームセンターにあるようなゲームが主流だったんですが、ゲームオーバーがなくて、ただ延々とやるゲームもあるんだということを知らしめたいというのが出発点だったんです。で、いろんな要素を削ぎ落として、一番シンプルに作ったんですよね。「II」はそういう意味で、諦めたものを多少出して、仲間を見つけていくというストーリーを考えて。パーティープレイ戦闘は面白いんですよね。一人の先頭はどうしてもマンネリ化しちゃうんで。それがやりたかった。それで、三人パーティーにするにあたって、どんなテーマがあるかとか公式があるかというんで考えていたのが「II」なんですよ。それから「III」になってですね、もうちょっとお話を深く出来ないかと。あと、パーティープレイにいろんな人間を入れて、キャラクターを育てる要素もいれたいな、というので転職も入れて、ということをやったんです。それで、「IV」はちょっと方向を変えて、登場人物一人一人にも人生があるんだと。それで仲間といってもなかなか自分の思い通りにならないというのを出したくて、AIを導入して(笑)。結構変ちくりんなAIで、いろいろ言われたんですけれども、僕はあれでよかったと思っているんですよ。他人と旅をするとあんなもんじゃないかと。お前なに馬鹿やってるんだよ、という。それが「IV」だったんです。それでどんどん来て、「V」である程度ドラマというか、人生を描けないかというテーマを自分自身に持ってきて、自分が子供から大人になって親になるような三代かかって敵を倒すというドラマを書いたんです。ただ、僕はあのドラマはドラマですごく良くできてたと思うんですけれども、ストーリーをあまりにも前面に押しだしたために、自由度がなくなってしまったと。そういうのがあったりとかして。たまたまその時に、「I・II」の移植したんですよね。「I・II」をその時にやってみると、結構ほったらかし状態で、何の情報もなくて、自分で歩き回るしかないわけですよ。これはこれで結構面白かったな、と思って(笑)。そういう反省もあって、じゃあドラマ性をあまり落とさないでしかも自分で旅をしているんだ、というのに挑戦してみようと思ったのが「VI」なんですよ。ゲームをやっている時って友達と相談するんですよね。「ウィザードリィ」もそうだったし、「ゼルダ」やってる時も分からなくて電話して、「どうすんの」って。夜中大騒ぎしたりして。最近、そういう友達との対話がなくなってきた感じがしたんで。そういうのをもう一回盛り上げるようなものにしたいというのがあったんです。
:それは、堀井さん自身のRPGに対する答えなんでしょうか。
堀井:そうですね。悩んで悩んで、どうすんだろう、その世界から抜けられない。やめてもまだ考えこんでる(笑)。そんな作品。
:そのあたり「ウィザードリィ」なんかを、そのまま継承されているという印象がありますが、ドラクエはストーリーも大きなウェイトを占めていますね。
堀井:それは僕自身ドラマが書きたかったというのがありますよね。ある種の一般性に応えていたといいますか。ノーストーリーにしちゃうと、遊ぶ人間の想像力がいりますよね。遊ぶ人間がどこまでそこに感情移入できるか、どれだけ豊かな想像力が発揮できるかというのがあると思うんです。何もないゼロから想像するのと、5ぐらいあって想像するのとでは、5ぐらいあった方が楽しめるかなと思ったんですよね。

※ドラゴンクエストIVのAIに関しては、当エントリーの最後に補足説明を付記する。



(以下一部ネタバレ含む)

タイムスリップものと二面性のあるドラマが好き


:ドラゴンクエストはファンタジーですけど、そういう舞台を選んだきっかけは?
堀井:いろいろ考えたんですよ。現代にしようか宇宙にしようか。江戸時代もあるなと。でもやっぱりファンタジーが一番ぴったりくるんですよ。日本人はファンタジーよく知らないでしょう。知らない分自由に作れるというのがあるんですよね。例えばあれを忍者にしちゃうと、みんなが知っている分、どうしても嘘くさく見えちゃうんですよね。だから、あえてよく分からない世界の方が納得できるかなと思いまして。
:堀井さん自身もファンタジーはお好きだったんですか。
堀井:魔法というのが好きですよね。銃とかそういうのよりは剣が好きだし、超能力というよりは魔法といわれた方がなんか温かさがあるような気がしちゃうんですよ。僕は、空想癖が強いから、一番やりやすい世界だな、と。
:映画とかもかなりご覧になられるんですか?
堀井:映画は、最近忙しくてあまり見ないですけど。好きな映画ってパターンがあって、時間旅行ものが好きなんですよ。タイムスリップものというのが大好きで。
:それが「クロノ・トリガー」などに出ているんですね。
堀井:ええ。あと、昔テレビでやってた「タイムトンネル」が大好きで、毎週欠かさず見ていたんですよね。他には二面性があるものが好きなんですよ。水戸黄門(笑)とか、スーパーマンとか。映画では、「天国から来たチャンピオン」。小説だと司馬遼太郎さんとか好きです。
:では、二面性の魅力ってなんでしょう。
堀井:多分、人生って一回しかないから。人間って二回三回と別の人生を体験したいと思ってるんですよね。ゲームもそうですよね、主人公になりきってやるというのは、そういうのが好きなんだと思いますよね。
:「VI」も二面性のある作品ですね。
堀井:違う自分というのも面白いと思うんですよね。
:「VI」での自分と融合するシーンは、かなり練りこまれてますよね。
堀井:難しかったですよ。アイディアが最初あって、いろんな話があって、プレイヤーがその噂を聞くと、「お、何!?」という感じを出したかったんですけれども、あれで、どうですかね。
:まだまだ満足されていないんですか。
堀井:難しいですね、理想を現実にするのは。
:「VI」はかなりご自分でも満足されているような印象を受けたんですが。
堀井:出来た当初はほとんど、九十五パーセントくらいは満足してましたね。ただやっぱり時間が経つと不満なところが出てきますね。ただ、それがあるから次も作れるんだろうと思うんです。
:堀井さんの中で「ドラゴンクエスト」というタイトルは、この先もずっと続いていくんでしょうか?
堀井:そうですね。僕自身がやっっぱり「ドラゴンクエスト」と言いつつ、実は毎回全く違うものを作っている気持ちがあるんです。だから同じスタッフのチームで作るRPGが「ドラゴンクエスト」だ、くらいの感じで。
:次は新しいシリーズでスタートですね。
堀井:そうです。
:もう構想は練られてるんですか。
堀井:ぼんやりですけど。
:次は当然NINTENDO64でやられるんですよね。
堀井:とにかく大容量でやりたいですよね。メモリには、いつも泣かされているので(笑)。ありあまるメモリを絵だけじゃなくて、インタラクティブ性の広がりに使いたいですね。
:なかなか32ビット機では良いRPGがリリースされませんけれど。CDとRPGは相性が悪いんでしょうか。
堀井:そういうことはないです。やっぱり作り手さんの問題じゃないですか。技術ではなんとかカバーできていくと思いますけどね。
:では、面白いRPGを作るためには何が必要なのでしょう。
堀井:感性ですよね。これはもう、小説家も漫画家も一緒なんですよ。面白いものを作れるかどうかというこのになるんで、どうしても才能の問題じゃないかと思うんです。だから本当に作ってて面白いかどうか分からなくなることがしょっちゅうあります。これ面白いかな、と思ってときどき人にやってもらって、面白いといってもらって安心するといったような。いつも不安ですよね。これでいいのかな、つまんないんじゃないかみたいな。技術じゃないんですよね。
:才能ですか。
堀井:ただ、僕は他のゲームを見る限り惜しいゲームが結構あるんですよね。いいものはあるんだけど、なんか惜しい。惜しい部分があるばかりに、クソゲーになっちゃってる。本当にテストプレイやったのかなという。やればこんなのうっとうしいって誰でも分かるんじゃないかと思うんですよね。だから、才能以前に、自分が完璧にプレイヤーになりきって自分がやってみるという客観性がまずあるんじゃないですか。意外なのが、ユーザーの時は文句をいうくせに、作り手になると内容を難しくしちゃうという(笑)。
:常にユーザーの立場に立てるということなんでしょうか。
堀井:かえって実際にやってみて、こんなことやったら面白いけどうっとうしいなとか。結構ゲームって一個でも変なところがあると、もうやる気なくなっちゃいますよね。ボタンを押すときの何かが若干遅いとか、動くスピードががたがたするとか、やる気なくしますからね。
:ドラゴンクエストはいっぱいウィンドウあきますよね。あの辺というのは、なぜ改良しないんだという人もいますが。
堀井:あれは改良してるんですよ。既に「VI」の反省もかなり出てまして、次には生かされます。だから、Bボタンを押したときどこに戻すか、というのも結構ポイントなんですよね。人っていいものは気づかないんですよ。悪いところはうっとうしいな、と思うんですけどね。
:最後にドラクエのファンに一言お願いします。
堀井:そうですね。今度の「VI」は世界を楽しんでもらうという意味で、自分から楽しんでもらわないと辛いゲームになっているんで、悩むことを楽しんで欲しいという気がしますよね。割り切って。で、無駄をなるべくしたくない人がやっちゃうと、意外と辛いかな、と。
:では、既にクリアしたユーザーに対しては。
堀井:そうですね。今「III」の軸やってるんで、楽しみにしててください(笑)。あとはみてないイベントも結構あるんじゃないかと思いますね。
:もう一回やってみてと。
堀井:もう一回は辛いでしょう。もう一回やるの、僕そんなに好きじゃないんですよ。倒す前の直前のセーブデータでどこでも行けるし、何でもできるようにしてあるんですよ。小さなメダルでも全部集めようとしていけなくなってるところって一ヵ所たりともないんです。ベストドレッサーとか、スライム格闘場もいけるし。多分一回目にクリアしたときは途中までしかやってないと思うんですよ。
編:わかりました。今日はお忙しいところありがとうございました。

(聞き手・構成 斉藤亜弓)




(以下管理人)

各人によってこのインタビューの受け止め方は異なるだろうが、私は下記の発言に最も感銘を受けた。


「ドラゴンクエスト」は、あくまでも「自分で体験する物語」ということで作ってきたわけです。


プレイヤーはドラゴンクエストの世界に入り込み、想像力を駆使して能動的にプレイすることによって、ゲームの世界をより深く堪能できる。製作者はあくまでもゲームの世界を用意し、プレイヤーの行動を手助けするだけであり、ドラゴンクエストの物語を紡ぎだすのは、プレイヤー自身にほかならない。300万人のユーザーがいたら、300万通りのドラゴンクエストの世界がある。

堀井雄二のゲーム観・RPG観・そしてドラゴンクエストに込めた想いは、この1点に集約されるのではないだろうか。







(付記 ドラゴンクエストIVのAIに関して)

ドラゴンクエストIVが発売された'90年に、堀井雄二と中村光一が対談でドラクエIVのAIの制作背景について語っているので御一読頂きたい。


中村:ところどころ不満はあるけど、全体的に見て、AIについては成功だよね。AIは『ドラクエ』だからこそできたんじゃないかな。それだけの思考ルーチンを考えるのに費やす時間や労力は『ドラクエ』ならではだからね。『ドラクエ』がAIやってるからって、ほかのRPGがまねできるかっていうと……。
堀井:というのは、プレイヤーがマニュアルで操作する部分がいっさいない、完全なAIだからなんだよね。最後の大ボスに対してもAIで戦う。関節呪文、道具なんかも、状況を見てもっとも有効なものをAIが自分で考えて使わなきゃいけない。かなり大変な思考ルーチンだよね。それをイチから作るのは大変だと思うよ。
中村:AIのプログラムだけで、十二回くらい作りなおしたかなぁ。作ってはボツ、作ってはボツ。AIだけで、一年かかってるからね。
堀井:最初はAIの頭が悪かったんだよね。プログラムが悪いってわけじゃなくて、アルゴリズムが悪かった。
中村:そう。バグがあるとかいうんじゃなくて、アルゴルズムの、根本的なロジックの問題。最終的には、最適なのができたわけだけど、それだと状況に応じて最適な戦い方をしちゃうんで、作戦を選ぶ意味がなくなっちゃう。賢くなりすぎて困ったりもしたな。
堀井:最初のころ、マニュアル操作のモードもつけようか、っていう話もあったんだよね。でも、やっぱりAIは自分自身とは違うから、もしマニュアルモードをつけるとみんなAIを使わなくなっちゃう。で、あえてマニュアルモードは取ったわけ。そこで、AIをいかに使いこなすかということで、作戦コマンドを入れることになった。監督しての立場を楽しむ、みたいなカンジを出したかったわけ。でも最終的にはAIがかなり賢くなったんで、マニュアルモードをいれても良かったかなって(笑)
――最初はマニュアルモードもつける予定だったんですか?
堀井:いや、つけないつけない。それは決まってた。

「中村光一VS堀井雄二 たまになる『ドラクエIV』対談」 堀井雄二『虹色ディップスイッチ』アスキー,1990




'96年の堀井雄二の発言と照らしあわせて見れば、ドラクエIVで“おバカな”AIを採用した理由が分かると思う。他者とともに冒険するということは、「うまく意志が伝わらない状況」もあるので、堀井および中村ら開発陣は意図的に、最初は身勝手に振る舞うAIにしたらしい。後のタイトルでは「めいれいさせろ」というマニュアルモードが加わり、他の作戦においても、そのモンスターに最初に遭遇した時から最適な行動をとるようにプログラムされるようになったが、「プレイヤーとは別の意思を持った仲間と冒険する」という、オンラインゲームのような要素は失われてしまったのではないだろうか。





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