ファミコン通信 '87年7月10日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)






ファミコン通信 '87年7月10日号
ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)



前回のエントリーに引き続き、堀井雄二によるDQ2の制作エピソードの全文を転載。

ファミコン通信 '87年4月17日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)
http://dragonquestage.blog.fc2.com/blog-entry-80.html


前編は製作過程やプログラムに関する内容が多かったが、後編ではゲームでは使われなかった没エピソードも披露されているので、DQトリビアを自慢したい人は必読。

特に、最後に明かされている「ローレシアの王子が刺殺されるバッドエンディング」の内容は、当エッセイを単行本『虹色ディップスイッチ』(アスキー 1990年)に収録する際には削除されたという「公開が没になった没ネタ」なので、必ず目を通して頂きたい。

やはり下記のブログで同記事が転載されているが、かなり端折られていたので、ファミコン通信の当該記事を確認した上で内容を補足した。


さよならファミコン通信 堀井雄二書き下ろし『ドラクエ2』秘話・後編
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-222.html

(過去のファミコン通信の記事及び画像を紹介しており、当方も情報収集にあたって大変参考になりました。2010年以降は更新が途絶えているのが悔やまれますが、この場を借りて深くお礼を申し上げます)





『ドラゴンクエストⅡ』ができるまで(後編)
堀井雄二がゲーム作り秘話を大公開っ!!

文/堀井雄二 イラスト/土居孝幸





お待たせしましたっ!! 8号に掲載して驚異的な支持をうけた“『ドラゴンクエストII』ができるまで”の後編だ!! 本当なら11号に載せるはずだったんだけど、いろんな都合があって、3号遅れになってしまった。ごめんなさいっ!! でもって、今回もいやがる作者・堀井雄二氏をむりやりくどきおとして、書き下ろし原稿とシナリオデータをもらってきたから、読みごたえは十分。超ウルトラヒットゲームの真髄にせまるぜ!!

PROFILE 堀井雄二
最近ホンダのプレリュードを買ったせいか、ない暇を見つけては、ドライブを楽しんでいる。「飽きっぽい性格だからね」と本人は言っているが、車に関しては例外とみた。好きなタレントは中森明菜、好きな食べ物はカニ。ヒットゲーム『ドラクエII』の作者。



プログラム的には完成したのだが……


<前回までのあらすじ>

『ドラゴンクエストII』の企画がスタートして、およそ7ヶ月後。当初の予定より少しは遅れたが、11月初旬ゲームプログラムは一応の完成を見た。このまま商品化すれば、予定通り年内発売、つまり12月下旬に発売可能である。
だが、しかし!

というわけで、前回に引き続き、『ドラクエII』の制作裏話を書きたいと思う。
ご存じのように、『ドラクエII』が発売されたのは、今年の1月26日。
状況として年内発売が可能だったのに、何故、結果的に1ヵ月も発売がのびてしまったか?今回はそのあたりにスポットをあててみよう。
何故、のびてしまったか?
答えはカンタンである。プログラム的には完成したけど、実際に遊んでみると、非常にツラかったから。

これが、ひと月のばした理由である。
つまり、この時点では、ゲームとしてのバランスがまだとれていなかったのだ。
もっとわかりやすくいうと、自分のキャラクターの強さとモンスター側の強さのバランスがペケだったというわけ。
もちろん、プレイヤーのレベル設定やモンスターの強さの設定データは、いいかげんに作製したのではない。
中村くんのほうから先頭のシミュレータ(プレイヤーのデータ、モンスターのデータを入れて、実際に戦い、その結果が見られるプログラム)をもらい、それでいちいち確かめながら、プレイヤーのレベル設定やモンスターデータを作製していったのだった。
そこまでやってデータを作成したのに、実際にゲームとしてあがってきて遊んでみるとバランスがとれていなかった。それは何故か?
理由はふたつある。
まず、シミュレータは1回ごとの戦闘のシミュレーションで、それでもって毎回緊張感のある戦いを、というようなデータのつくり方をしてしまったため、実際にゲームになり移動しながら連続的に戦ってみると、非常にキツいものであったこと。
さらに、同じモンスターでも、出現匹数により予想以上の結果の違いがあったこと。
このふたつである。
このため、最初にできてきたものはとても遊べたものではなかったのだ。
とにかく、すぐ死んでしまう。とても、ふたりめの王子を見つけるまでいかない。さあ、どうするか?












バランス取りで1ヵ月が過ぎていった


というわけで、商品化を1ヵ月遅らせて、バランス取りがはじまったのだった。
とにかくプレイヤーがまだ仲間を見つけず1人のとき、やたらと死ぬ。
この問題を解決するため、ローレシア大陸においては、同時に出現するモンスターの数を3匹までとした。
そう変更した後、再び遊んでみる。
だいぶよくなったが、まだキツイ。
というのも、1人めはファイター。いくらレベルが上がってもホイミ(体力回復)の呪文を覚えないので、そのつど薬草をつかったり宿屋に泊まったりしなければならない。つまり、遠出をすればするほどツラクなってくる。
というわけで、サマルトリアのお城の位置を変更する。
じつをいうと、最初、サマルトリア城は現在の湖の位置にあったのだった。
しかし、そこは、宿屋のあるリリザの町からあまりに遠い。ここは仲間とふたりになってから来るようにしよう。サマルトリア城をリリザの町にぐっと近づける(『ドラゴンクエストⅡ』のLPレコードが発売されていますが、なんとジャケットの裏に、湖に囲まれている城の写真が出ています。これが実は初期のサマルトリア城。ジャケットの撮影が比較的早めに行われたためジャケット写真は初期のバージョンのものになってしまったのでした。興味のあるキミはレコード屋さんで見てみてください)。
そんなわけでサマルトリア城をリリザの町に近づけたのはいいけど、それだけだと、せっかくの湖が何も意味をなさなくなってしまう。というか、こっち方面に来る必要がなくなってしまう。
せっかく地形までつくったのに、それはもったいない!
というわけで、元サマルトリア城の位置には洞窟を置いたのだった。
このことにより、モンスターの分布図の再構成、さらに元のサマルトリア城の位置を洞くつにしたため、アイテムのある場所の再考などの問題がおこってきたが、ゲームバランスをとるためだからと、再びそれらのデータを作りなおす。
さらに試してみて、モンスターデータやレベル設定、武器・防具の値段、効力を調整してゆく。
いうまでもなくRPGはバランスが命である。
そして、バランスをとるためには、実際にプレイしてみて、データを少し変更して、またプレイし、さらに変更してゆく、という方法しかない。
具体的にいうと、この時期から、スタッフ一同はもちろん、アルバイトのゲームモニターの人たちなど、かなりの人数が実際にプレイしてみるわけ。
そして、実際に遊んでみた感想、あるいは苦情などが、すべてボクのもとに届けられる「なかなかお金が貯まりません。もっと物価を下げてください」
「1回の戦闘に時間がかかります。もっと早めに勝負がつかないでしょうか?」
「もっとレベルが上がるのが早くてもいいのでは? 特に4から5あたりがキツイです」
「いや、レベルの上がりかたは今くらいでいいけど、あまり死なないようにしてください」
――などなど、各人各様の意見をいってくるのだった。
そういった意見に耳を傾け、さらにボク自身もプレイしてみる。
そして、ここはマズかったという部分のデータを次々に変更してゆくわけ。
それが出来上がると、すぐさま変更後のデータをファックスでチュンソフトに送る。
チュンソフトにいる中村くんたちは、ボクからの新しいデータが届くと、そのデータに差しかえて、新しい試作バージョンをつくりあげていく。
そして、それを再び、みんなに配るわけ。
もちろん、バランスどりは1回では終わらない。こういったことを何度も繰り返すのである。
はじめは4~5日周期であったが、やがて2~3日周期となり、1日周期となってゆく。
ここまでくると、試作バージョンには日付時間が書きこまれるようになってくる。
『12月8日午前4時バージョン』というふうにだ。
そうしないことには、どれが一番新しい変更後のバージョンかがわからなくなってしまうからだ。
というように、プレイしてみては、呪文を覚える順番を変更したり、モンスターの強さをかえたり、教会の値段を下げたりと、1ヵ月がまたたく間に過ぎ去っていた。
もはやタイムリミットである。
100パーセントとはいえないけど、90パーセント以上は理想に近いバランスになってきたと思う。
もっと時間をかければ100パーセントに近づかせることができるだろうが、これ以上、子供たちを待たせるわけにもいかない。
12月中旬、ついに最終バージョンが完成する。
と同時にボクは胃かいようで、ぶったおれたのだった。いや~キツかったぜ。

















ドラクエIIで楽しい世界を体験してください


誌面も尽きてきた。
最後になるが、メモリ等の制約で、泣く泣くボツになった事柄について書こうと思う。
まず残念だったのは、見せ場には紙芝居的に大きな絵を入れるという企画。
当初の予定では入るはずで、すでに絵のデータがあがっていたのに、最終的にはやっぱりメモリに余裕がなくなり、ボツになってしまったのだった。
たぶん、気づいている人は少ないとは思うが、『ドラクエⅡ』の説明書の物語のところに、それらの絵のうちの1枚だけが、ひっそりと写真になって載っている。
もちろんファミコンの画面写真であり、本当はカラーだ。
そして、シナリオ的にも、そういった1枚絵を利用するはずだった。
たとえば船の財宝、当初の設定では、大灯台の上からロンダルキアを一望すると、ロンダルキアの台地の絵が出て、さらにそのむこうの海の1ヵ所がキラキラと光っている。つまり船の財宝はそこにあり、財宝に関してそういった情報を人々に話させるシナリオにしていたが、大きな絵がカットされた時点で、シナリオも変更してしまったのだった。
しょーもないところでは“あぶないみずぎ”というアイデアもあった。
これは“ミンクのコート”と匹敵するもので、やたら値段が高くて、それを3人目の王女に買ってあげて着せると本当に画面上のキャラクターが“あぶない水着姿”にかわるというもの。
ただし、友だちからその話を聞いて、「えへへ、オレも買ってあげよう」とうれしがっても、キャラクターの名前によっては、買ってあげても、「イヤよ。こんなの着られないわよ!」と着てくれなかったりして……。
さらにエンディングも、もっといろいろやるはずであった。
王位につき王座にすわると、いろんな人々が1人また1人と王座のもとにヒザまずいては祝辞をいって帰って行く。
そして最後は、あでやかな舞踏会が開かれるとか……。
またボツになったが、こんなアイデアもあった。
それは、サマルトリアの王子が犠牲となって、最後の敵を倒すというものである。
目的は果たしたが、もはやサマルトリアの王子は戻らない。
彼の冥福を祈りながら、キミはムーンブルク王女と2人で帰路に……。
お城では人々が待ちかまえ、キミたちの偉業を心から称えてくれる。そして、一大セレモニーが開催される。
と、その時!
「お兄ちゃんの仇っ!」
駆け寄ってくる1人の少女。
気づくと、少女の持った短刀が、キミの胸に深々と刺さっていた。
少女は、いうまでもなく、サマルトリアの王子の妹であった。
ボーゼンとする人々。
キミの身体は、やがて、ゆっくりと倒れてゆく。……幕。
と、この結末はあまりに悲しすぎるので結局やめてしまったのだった。
でもなんとなく、こういった雰囲気も捨てがたいので、いずれ機会があれば、ひたすら美しく悲しい涙、涙のRPGをつくってみたいと思う(実現するのはいつのことになるか、わかんないけど……)。
ゲームをしながら思わずボロボロと泣いてしまう。そんなゲームがあったっていいだろう。
と、話がそれた。
――などなど、メモリの制約から、なくなってしまったアイテムも少なくないのだ。ところどころにカラッポの宝箱があったりするのは、その名残である。
想像力豊かなキミはカラッポの宝箱を前に「ここはなにが入っていたんだろう」などあれこれ考えてみるのもいいかもしれない。
ともあれ『ドラゴンクエストⅡ』は発売され、すでにボクたち制作者チームの手から離れていってしまった。
ボクたちは世界を用意しただけである。
その世界でどんな物語を体験するかは、キミたちの手にかかっている。
願わくばその物語が楽しい想い出になりますように。
パルプンテっっ!!





(管理人追記)




堀井雄二の発言に基づき、ドラゴンクエスト2の没エンディングをゲーム画面で再現しました。下記エントリーよりご覧ください。

ドラゴンクエスト2 幻のバッドエンディング さようならサマルトリアの王子
http://dragonquestage.blog.fc2.com/blog-entry-42.html


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