'09年4月 ユリイカ ドラクエ2で学校を辞めたピエール瀧




ユリイカ 2009年4月号
特集 RPGの冒険



サブカルチャーを現代思想で読み解く雑誌「ユリイカ」のRPG特集号。大半の論はRPG、とりわけドラゴンクエストと現代思想をこじつけて無理やり話を膨らませているような感があるが、それを差し置いて、日本を代表するアーティストであるピエール瀧のインタビュー記事が抜群に面白い。ドラゴンクエストが発売された当時の雰囲気をユーザー視点で的確に描写している。



僕が最初にやったRPGはは初代の『ドラクエ』だったと思います。専門学校に通うのに上京したての頃で、19歳くらいでした。


当時は『ドラクエ』の発売に先駆けて、『週刊少年ジャンプ』の巻頭カラーページで何週かにわたって紹介記事が組まれていたんですよ。主人公キャラのイラストとか、「ゴールドマン」が構えている絵が掲載されて、敵はこんな感じ、とか。システムはコマンドの選択で物語がすすんでいくぞ、とか。それを見て「おもしろそうだなあ」と思った。それまではロールプレイングなんてなかったですからね。冒険的な要素があるものとしては、『ポートピア連続殺人事件』みたいなアドベンチャーゲームがあったけど、そうしたものはどちらかというとパソコンの領域でした。


例えば、シャープの「X1」っていうパソコンが当時あって、海外モノのアドベンチャーゲームなんかができたけど、やはり高価なものだったのでみんなが持っているような感じじゃなかった。僕は友達の家で見せてもらって「そうかあ、コンピュータで冒険ができるようになったんだ」って思った記憶があります。当時は面クリアのゲームが基本だったから、そういうある種の壮大さというのは驚きだった。だから『ドラクエ』の登場には、そうした奥行きのあるゲームがついにファミコンでも出るんだ、ということで興味をもった気がしますね。あと単純に『ドラゴンクエスト』っていうタイトルがよかったんじゃないですか。なにをやるか直接的にわかる(笑)。


まあ、それで『ドラクエ』を買って、夜な夜なやってたわけです。『I』のフィールドの音楽って覚えてます? あの悲しげなやつ。当時は縦に部屋が並んでいる2Kの家に姉と二人で住んでいたんですけど、そうして夜通しやっていたら、ある夜中、姉が部屋の仕切りの襖をバーン!って感じでものすごい勢いで開けたかと思うと、「その寂しげな音楽を何とかしろっ!寝れない!!」と、マジ切れされたということがありましたね(笑)。そうやって没入するくらいおもしろかった。


『ドラクエ』についてはゲームの内容はもちろんとして、キャラクターデザインが鳥山明だったということもじつは大きかったと思いますよ。鳥山明のグラフィックでゲームができるということ自体が、たぶん事件だったと思うんですね。鳥山明の登場はやっぱり衝撃でした。『Dr.スランプ』の第一話を『ジャンプ』で見た時のことを覚えてますけど、「何だこの絵は!」っていう感じでした。見たこともないような独特のタッチだったんですよ。凄くポップで、デフォルメされているけど絵自体はものすごく上手い。「ああ、すごくうまいな」と思って、「でもこの感じ、アメコミでもないし、ファンシー系でもないし、何だろう?」って考えました。『Dr.スランプ』はその後に大ヒットしたし、その鳥山明の絵がゲームになるっていったら、なるほどそれはおもしろそうだ、ってなりますよね。要は鳥山明描きおろしの絵がモンスターとしていっぱいでてくるわけだから、それだけでもう価値があるという感じでした。もちろん、今見たら『I』のグラフィックはしょぼいってことになるかもしれないですけど、あの頃あったソフトって他には『ポパイの英語遊び』とかで、最高峰のグラフィックで『ゼビウス』とかだったんじゃないですか。そのなかで手描きタッチのものがよくあれだけ再現されていたと思います。


『ドラクエ』のシリーズで印象に残っているのは『III』『IV』あたりですね。キャラが育っていく楽しみってあるじゃないですか。それで転職システムのある『III』は好きだった。「あそびにん」を育てていくと「けんじゃ」になれるってのは良かったですね。『IV』は馬車でパーティーを一気にポーンって入れ替えられるのが良かった。


『II』をやり過ぎて学校を辞めたのは本当です。もともと遊びほうけちゃって学校にいかなくなっていた時期に『II』が出て、また夜な夜なやりこんでいたんですね。そんなある日、玄関の呼び鈴が「ピンポーン」って鳴って、ドアをガチャッてあけたら、母親が登場。「あなた学校にも行かないで何やってんの!」ってことになり、学校のほうを辞めたわけですけど、でも当時は攻略本なんてないんで、自分でやりこむしかなかったんです。僕の家はあの頃「ファミコン電話相談室」ってあだ名がつけられてたくらいで、ゲームで何かわからないことがあったら電話がかかってきてその回答をしていくのが僕の役目だったし。


『ドラクエ』ですごくいいと思うのは、「ルーラ」ってあるけど、あれはいいですね。あの呪文ってみんな知っているし、将来テレポートシステムがもし開発されるとしたら、商品名は絶対「ルーラ」がいい(笑)。例えば電子レンジで温めたりする行為ってみんな「チンする」って言うけど、正確な名前はないじゃないですか。「調理する」っていうのとも違うし、「温める」ともちょっと違う。レンジで「チンする」っていうのは、要は「チンする」っていう魔法じゃないですか。効力は「箱のなかに入れてスイッチをオンにすると温かくなって料理ができあがる」っていう魔法。みんな魔法として「チンする」という言葉を使ってるわけで、「ルーラ」って言葉はそういうった感じと近い感じで使える気がするんです。「おれちょっとルーラしてきた、今日」みたいに。ほかにも「ホイミ」とか「パルプンテ」とか有名な魔法はいろいろありますけど、そういうのではなくて、「ルーラ」はほかに言い換えが利かないようなしっくり具合があるんですよね。もう世界標準にしていいような感じ。「TSUNAMI」みたいに(笑)。「MOTTAINAI」に続く日本発信の世界基準となる言葉はきっと「RURA」ですよ!


ピエール瀧『RPGは二度やらない!』 ユリイカ2009年4月号 特集 RPGの冒険

※文中の強調表記は管理人によるもの




言わずと知れた巨匠、ピエール瀧。本名は瀧正則。1967年、静岡県出身。プロ入りを有望視された野球少年であったが、80年代UKのアンダーグラウンドシーンに触発され、高校時代に友人らと「人生(ZIN!SAY!)」というアートグループを結成。女装をしてステージで踊り狂うといったアナーキーなパフォーマンスで一躍注目を集める。高校卒業後に上京し、アート活動と並行しつつ映像系の専門学校に通っていた時期にDQに出会ったらしい。その後、DQIIに強い衝撃を受け、自らの表現手法に限界を感じ、新たな地平を模索すべく専門学校を退学。「人生」の解散後は、ソロ名義によるパフォーマンス、ラジオDJ、タレント、俳優活動などを経て今に至る。
経歴をうろ覚えで書いたが、だいたい間違っていないと思う。



(彼のアート表現の集大成である『俺のカラダの筋肉はどれをとっても機械だぜ』(宝島社 1992年)より当時の画像。ドラえもんに扮したパフォーマンスは80年代中後期のサブカルチャー全般に多大なる衝撃を与えた)





ピエール瀧の言うとおり、初代ドラゴンクエストの売りはなんといっても「Drスランプの鳥山明先生」である。ゲーム広告において「鳥山明」の名が先に挙げられていた事からもその存在感が伺えると思う。失礼を承知で言えば、ライターとしての堀井雄二も、作曲家としてのすぎやまこういちも、子供たちの間ではほとんど知られていなかった。(すぎやまこういちは彼らの父母、すなわちGS世代おいては有名人だったが)。堀井雄二本人の筆による「週刊少年ジャンプ」の紹介記事もさることながら、鳥山明の絵は、ロールプレイングゲームという耳慣れない世界に子供たちをおびき寄せる最上級の“撒き餌”だったのである。


(1986年の広告)





なお当該誌にはコラムニストのえのきどいちろう氏による、ライター当時の堀井雄二との出会いを回想するエッセイも掲載されている。

堀井さんのときは、確か編集者が一緒だったと思う。「最近、ゲームのシナリオを作ってる堀井さん」みたいな紹介のされ方だった。といって目の前にいたのは、あくまで同業のライターだった。「現住所・ライター」という感じだ。これからどこへ引っ越すかわからないけど、今現在はフリーライターとして在る。大変に穏やかそうな人だった。

「ゲームのシナリオってどうやって作るんですか?」

「それが大変なんですよ、プレイヤーがゲームを進行させていくと、YES、NOを選ぶ度にストーリーに無数の分岐点ができる。それを全部書かなきゃダメなんですよ」

「パソコンゲームですか?」
「パソコンゲームです」

それは又、マイナーなことに熱中してる人がいるんだなぁと思う。堀井さんもマイナーなことに熱中してるんですよ、という顔で頭をかいていた。だけどとにかく、ちょっと話しただけですごく面白そうな人だぞ、とわかった。しばらくして堀井さんは『ポートピア連続殺人事件』のことを言ってたんだとわかった。


えのきどいちろう『ドラクエ前夜』 ユリイカ2009年4月号




エッセイ自体は80年代初頭のフリーライター達を取り巻く状況の描写がメインである。彼らは締め切りが近くなると出版社の会議室にこもって一気に原稿を仕上げていたそうだが、堀井もライター稼業の激務をくぐり抜けてきたからこそ、DQ世界の創造に要する膨大な量の原稿を創作できる能力が身についたのかもしれない。

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