'87年 テレビゲーム 電子遊戯大全 堀井雄二インタビュー



テレビゲーム 電子遊戯大全 TV-GAMES

テレビゲーム・ミュージアム・プロジェクト編 '88年5月30日発行


インタビュー 堀井雄二

(このインタビューは'87年8月14日に行われた)





私が出会った最初のテレビゲームは、テニスゲーム(ポン)でした。インベーダーもかなりやりましたね。しかし病みつきになったのは、何と言ってもブロックくずしです。毎日近所のゲームセンターに通って遊びました。ブロックくずしは、一定の点数以上を獲得すると再びゲームをする権利が得られるので、僕なんかいつまでたっても終わりませんでしたよ(笑)。ゲームセンタ一通いを続けた僕が色々なゲームをした後に行き着いたのは、ピンボールでした。玉を落とさずにはじき返すというだけの単純さ、遊ぶうちに様々なテクニックが発見されてゆくという奥の深さ、あそこに玉を当てれば!という目的意識など、ピンボールは、アクション・ゲームに求められる要素を全て満たした、爽快感のあるゲームだったのです。アクション・ゲームはゲームの王道なのだ、僕は思います。



それからしばらくしてパソコンを買いました。そもそもは資料の整理など、仕事に役立てようと思っていたんですが、とても仕事に使えたものではなく、結局ゲームをして遊ぶために使うようになったんです。家に居ながらにしてゲームができるのが嬉しくて、「スター・トレック」などのゲームにはかなり熱中しましたね。自分で「スター・トレック」に改良を加えたりしているうちに、自然にBASICについての知識も身につきました。僕はコンピュータのことを、面白いおもちゃだと思っています。



「ウィザードリィ」など、アメリカのロール・プレイング・ゲーム(以下RPGと略す)に夢中になった時期もありました。その時期は他のことには全く手をつけられず、寝ても覚めてもゲームのことばかり考えていたのです。しかし、折角そんなに面白いゲームなのにも関わらず、どうも少しマニアック過ぎて、一般の人達が気軽にゲームの世界に入ってゆくことは難しいように感じられました。もっと皆にRPGの面白さを知って欲しいという気持ちから、「ドラゴンクエスト」は生まれたのです。



ですから、マニュアルを読む必要があまりない位分かりやすくすることを、念頭に置きました。まず、何をすべきかがプレイヤーにすぐ分かるように、目標をゲームの冒頭で提示したのです。また、情報がプレイヤーに速く伝わるように、アメリカのRPGに比べて絵が沢山出てくるようにしました。なぜなら例えばこの場面は町なのだ、とプレイヤーが現解するには、言葉で書かれた説明を読むより、町の絵をひと目見た方がてっとり速いからなのです。



ストーリー性や絵は、プレイヤーにとってよりゲームを分かりやすくするためや、より感情移入をしやすくするために必要であるならば、当然あった方がいいと思います。そうは言っても、絵など、ゲームがプレイヤーに与える直接的な情報量が少なければ少ないほど、プレイヤー自身のイマジネーションの介在する余地が大きくなる訳なので、ゲームの性質や場面に応じて、ゲームの中に占めるストーリー性や絵の割合を考えて行かなければいけません。「スター・トレック」は記号が羅列している様なゲームでしたが、自分のイマジネーションの世界が自由に膨らんでゆく楽しさがありました。「ドラゴンクエスト」でも、戦闘のシチュエイションは絵では表現していないのです。敵を殴ったりする絵は示さずに、「~ポイントの打撃を与えた」という言葉による表現で、プレイヤーのイマジネーションに訴えているのです。



RPGとアドベンチャー・ゲームとは、基本的には同じものだと思っているので、両者の長所がうまく生き短所を補い合った、最高のゲームをつくりたい、と思っています。
「オホーツクに消ゆ」では、話ができるだけ滞りなくスラスラ流れてゆくゲームにしたかったので、コマンド選択方式を用いました。ですが今は、プレイヤーが言葉を打ち込んでゆく方式の方がやっぱり優れているのではないか、と考え始めています。結局はコンピュータ・プログラムを相手に遊んでいるのであっても、できるだけ人と人との対話に近い、暖かみのあるゲームの方が、プレイヤーにとっては気持ちがよいだろうと思うのです。
実際僕のゲームでは、生物ではないコンピュータの冷たさがプレイヤーにできるだけ伝わらないように配慮してあります。「ポートピア連続殺人事件」では、現れる言葉は全て、登場人物の誰かの台詞になっているんです。人格のないコンピュータが指示を画面に打ち出しているに過ぎない、という感じがともすればしてしまう地の文は、ひとつも出てきません。漫画のような展開にしてあるのです。



「ハビタット」などのネットワーク・ゲームは、是非やってみたいですね。僕はゲームの本質を、狭い固定された現実の世界を忘れ、別の自分、別の人生を体験することだと思っているんですが、「ハビタット」なんかで遊んだら、自分が二つの違った生活を営んでいるという快感がきっと得られるでしょうね。ネットワーク・ゲームは一つのの用意された世界であって、プレイヤーが遊ぶことによって世界が自然に深化してゆくんです。女の子をさらうプレイヤーが現れれば、それを救い出す勇者になるプレイヤーも出てくる、といった具合にね。自分がゲームをしないでいる問に、ゲームの世界が大幅に変わってしまったりすることもあり得ますよ。しばらくプレイしないときには、ゲームの中の家に鍵をかけたり、「三日間、海外旅行のために休みます」と貼紙をしておいたりしてね(笑)それでも鍵のかけ方が悪いと強盗に襲われてしまったり…。ですからネットワーク・ゲームの制作者は世界の創造主、神に近い訳です。僕が神だったら、ノアの洪水を起こしたりするかもしれません(笑)。何人かのプレイヤーだけには、予めそっと警告しておくんです。「ドラゴンクエストIII」も、プレイヤーが何をしても楽しく遊べる世界を目指しました。



ファミコンは大人でも面白いと思うものですから、子供達の間で流行するのは当り前です。子供達はファミコンの麻薬的な魅力に引かれて、多くの時間をゲームに割いている訳で、実際ファミコンの犠牲者だとも言えますね。しかし、外で遊ぶこととファミコンで遊ぶことと、どちらの方が子供時代のよい思い出となり、どちらの方が人生によりよい影響を与えるかについては、いちがいに断定することができないのではないでしょうか。
僕は自分のことをエンターテナーだと思っています。ゲームをつくるときは、いかにプレイヤーを楽しませるかを考えるのです。人が頭を悩ませながらゲームで遊んでいるのを見ることこそが、僕にとっては一番のゲームなんでしょうね。





(以下管理人)

当時の堀井のゲーム観がよく纏まっている素晴らしいインタビュー記事なので全文を転載しました。


堀井が熱中したという「スター・トレック」について補足説明。まずはゲーム画面をご覧あれ。





アルファベットと数字と記号だけで構成された画面がとってもクールですね。
(ちなみに画像はAppleII版だが、堀井がプレイしたのはPC-6001移植版だと思われる)
ゲーム内容に関してはWikipediaの記事で詳しくまとめられている。


PC-8001版の動画も見つけた。





原始的なビープ音がとってもクールですね。


「自分で『スター・トレック』に改良を加えたりしているうちに、自然にBASICについての知識も身につきました」とのことだが、はたして、堀井はこの無味乾燥きわまりないゲームをどのように改良していたのだろうか。


「その当時流行っていた『スタートレック』というゲームもBASICで書かれていたので、適当に変えていました。自分が操る戦艦のエネルギーがなくなったらチャルメラのBGMとともに出前がやってくるとかね(笑)。」


堀井雄二インタビュー『ファミリーコンピュータ1983-1984』 東京都歴史文化財団・東京都写真美術館,2003年



鳥嶋和彦(週刊少年ジャンプ編集部)
「堀井くんのゲームは燃料補給の宇宙基地が焼きいも屋のラッパを鳴らし、燃料いりまへんかーと関西弁で近づいて来るあったかいゲームに改造されていた」


「ゲームデザイナー堀井雄二『週刊アエラ』1996年3月18日号 朝日新聞社)




DQに出てくる市井の人々のセリフといい、こういったシステムとは直接的には関係ない“味付け”こそが堀井の真骨頂ではないだろうか。

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