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'87年 ファミリーコンピュータMagazine 中村光一さんがお答えするドラクエ2 Q&A




ファミリーコンピュータMagazine(徳間書店刊)1987年3月20日号から5月15日号にかけて、全5回に渡って連載されたQ&Aコーナー。回答者はドラゴンクエスト2のディレクター兼プログラマーであり、堀井雄二と並んでドラクエの生みの親とも言える存在である中村光一。彼が死ぬ思いをしてドラクエ2を完成させたというエピソードはこちらのエントリーでまとめたので、よろしければご覧下さい。


読者から寄せられた質問の内容はさまざまで、攻略情報のほかにも、ゲームの設定に関する素朴な疑問に至るまで、中村光一はユーモア溢れる語り口で応じています。この連載記事でしか見られない、ドラクエ2の「裏設定」も披露されているので、当エントリーでは一部を抜粋してご紹介。ロトの血を受け継ぐ3人に隠された秘密が、今ここで明らかになる……のか?



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'85年 BEEP ゲームデザイナーアンケート (追悼 岩田聡)




Beep 復刻版 + Beep BEST
2004年4月30日初版発行


任天堂株式会社代表取締役社長 岩田聡氏は、2015年7月11日、胆管腫瘍で55歳という若さで逝去されました。ゲーム業界の発展に寄与された氏の功績を称えるとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

当記事は、氏が若干25歳、株式会社HAL研究所の一社員、プログラマーとして在籍していた時期のアンケートですが、氏の人柄および創作姿勢が伺える貴重な資料であると思いますので、当方の一存ではありますが、当エントリーで内容を転載させて頂きます。

岩田氏のご親族、任天堂株式会社、『BEEP』誌の発行元であるソフトバンククリエイティブ株式会社、また、比較対象として回答を引用させて頂いた堀井雄二氏、中村光一氏、坂口博信氏、他関係者の皆様方におかれましては、誠に勝手ではございますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。




かつて(あの)ソフトバンクより刊行されていたゲーム雑誌『Beep』の記事を抜粋し、そのまま掲載した復刻版。数は少ないですがドラゴンクエスト関連の記事も掲載されています。ここはあえてドラクエ発売以前、1985年10月号に掲載された「ゲームデザイナー68人アンケート」を取り上げます。



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'96年4月 ゲーム批評 堀井雄二 今だから語れるドラゴンクエスト




ゲーム批評 Vol.8(1996年4月号) 堀井雄二 今だから語れるドラゴンクエスト


「広告を一切掲載しない」という方針で異彩を放っていたゲーム雑誌『ゲーム批評』。大手ゲームメーカーのソフトであっても、完成度が低ければ容赦なく批判を加えるなど、独自の編集方針を貫いていた。創刊当初はスーパファミコン末期から次世代機に移行する時期であり、プレーヤーが“演る”のではなく“観る”方向に軸足を移していた、いわゆる「ムービーゲーム」に批判的であり、あの「ファイナルファンタジーVI」に対してもNOを突きつけ、「RPGとは何か」という問題提起を読者に示していたと思う。

これは、ドラゴンクエストVIの発売から約5ヶ月後に掲載されたインタビュー記事である。ドラクエVIの発売直後はプレーヤーからの批判的な意見が多く、それに対して堀井が辛辣な反論を試みているのが面白い。他にも、堀井雄二のドラクエ・RPG観、映画や小説とゲームの違い、過去のタイトルの総括、ドラクエVIの味わい方など、ファンであったらとても興味深い内容が語られている。いずれもドラゴンクエストの創作背景を考察するにあたって非常に重要だと思うので、要約ではなく全文を転載する。

なお、このインタビュー記事には、ストーリーの“当初の構想”(裏設定ではない)が含まれており、ストーリー考察ブログでも一部が引用されている。このエントリーにおいても注意書きを付した上で引用するが、管理人の希望としては、ストーリーの部分よりも、堀井の創作背景に注目して頂きたい。

文章内の下線強調表記は全て管理人によるもの。また、読みやすさを考慮して、適宜改行を加えた。



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ファミコン通信 '87年7月10日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)






ファミコン通信 '87年7月10日号
ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)



前回のエントリーに引き続き、堀井雄二によるDQ2の制作エピソードの全文を転載。

ファミコン通信 '87年4月17日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)
http://dragonquestage.blog.fc2.com/blog-entry-80.html


前編は製作過程やプログラムに関する内容が多かったが、後編ではゲームでは使われなかった没エピソードも披露されているので、DQトリビアを自慢したい人は必読。

特に、最後に明かされている「ローレシアの王子が刺殺されるバッドエンディング」の内容は、当エッセイを単行本『虹色ディップスイッチ』(アスキー 1990年)に収録する際には削除されたという「公開が没になった没ネタ」なので、必ず目を通して頂きたい。

やはり下記のブログで同記事が転載されているが、かなり端折られていたので、ファミコン通信の当該記事を確認した上で内容を補足した。


さよならファミコン通信 堀井雄二書き下ろし『ドラクエ2』秘話・後編
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-222.html

(過去のファミコン通信の記事及び画像を紹介しており、当方も情報収集にあたって大変参考になりました。2010年以降は更新が途絶えているのが悔やまれますが、この場を借りて深くお礼を申し上げます)



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ファミコン通信 '87年4月17日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)






ファミコン通信 '87年4月17日号
ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)



堀井雄二自身の筆によるエッセイ。DQ2の製作過程、開発秘話が詳細に語られている。

堀井の単行本『虹色ディップスイッチ(アスキー 1990年)』にも同エッセイが収録されているが、当エントリーではファミコン通信に掲載された文章をそのまま転載する。

なお、下記のブログでも同記事が転載されており、当方が原文を参照して若干補足した部分もあるが、大半の文章をそのまま利用させて頂いた。


さよならファミコン通信 堀井雄二書き下ろし『ドラクエ2』秘話・前編
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-271.html
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-272.html
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-273.html



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