制作者の発言で振り返る『ドラゴンクエスト2への道』






当エントリーでは、堀井雄二、中村光一ら制作者の発言を引用し、「ドラゴンクエストII」の制作過程のエピソードを紹介する。特に中村光一にとってドラクエIIは不満が残る出来であったらしく。開発時間が足りず、チュンソフト内で軋轢が生じ、相当なプレッシャーの中で制作され、発売から十数年後に行われたインタビューでも「いまだに夢に見る」と、苦悩の跡が伺える発言をしている。

一方「ドラゴンクエストII」は難易度の高さが度々話題になるが、ナンバリングの中では特に印象に残っているタイトルとして、今も根強い人気を誇っている。制作者にとって不満が残るゲームが、今だに多くのプレーヤーのを惹きつけているのは何とも皮肉な話である。

中村をはじめとする制作者の苦闘を通して、今一度、「ドラゴンクエストII」という傑作ゲームを異なる視点から眺めて頂ければ幸いである。



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もうひとつのドラゴンクエスト2 没イベント再現画像




ファミコン版のドラゴンクエストIIは、当初の構想で予定されていた多数のイベントが、ハードウェアの制約のために削られてしまいましたが、後に刊行された関連書籍や雑誌記事で、削除されたイベントや設定の一部が明かされています。当エントリーでは、その情報に基づき再現画像を作成しました。ファミコン版のドラゴンクエストIIに思い入れがある方なら楽しんで頂けると思います。

それでは「もうひとつのドラゴンクエストII」をご覧ください。




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ドラゴンクエスト2 幻のバッドエンディング さようならサマルトリアの王子





また、ボツになったが、こんなアイデアもあった。
それは、2番目の王子(サマルトリアの王子)が犠牲となって、最後の敵を倒すというものである。
目的は果たしたが、もはやサマルトリアの王子は戻らない。
彼の冥福を祈りながら、キミはムーンブルクの王女と2人で帰路に……。
お城では人々が待ちかまえ、キミたちの偉業を心から称えてくれる。そして、一大セレモニーが開催される。
と、その時!

お兄ちゃんの仇っ!

駆け寄ってくる1人の少女。
気づくと、少女の持った短刀が、キミの胸に深々と刺さっていた。
キミの身体は、やがて、ゆっくりと倒れてゆく。……幕。
と、この結末はあまりに悲しすぎるので結局やめてしまったのだった。
でもなんとなく、こういった雰囲気も捨てがたいので、いずれ機会があれば、ひたすら美しく悲しい涙、涙のRPGをつくってみたいと思う(実現するのはいつのことになるか、わかんないけど……)。
ゲームをしながら思わずボロボロと泣いてしまう。そんなゲームがあったっていいだろう。

(ファミコン通信 '87年7月10日号『ドラゴンクエストIIができるまで 後編』)



それでは、ドラゴンクエストIIの幻のバッドエンディング。

脳筋棺桶犬コロの悲しい別れの物語をご覧ください。




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ファミコン通信 '87年7月10日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)






ファミコン通信 '87年7月10日号
ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)



前回のエントリーに引き続き、堀井雄二によるDQ2の制作エピソードの全文を転載。

ファミコン通信 '87年4月17日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)
http://dragonquestage.blog.fc2.com/blog-entry-80.html


前編は製作過程やプログラムに関する内容が多かったが、後編ではゲームでは使われなかった没エピソードも披露されているので、DQトリビアを自慢したい人は必読。

特に、最後に明かされている「ローレシアの王子が刺殺されるバッドエンディング」の内容は、当エッセイを単行本『虹色ディップスイッチ』(アスキー 1990年)に収録する際には削除されたという「公開が没になった没ネタ」なので、必ず目を通して頂きたい。

やはり下記のブログで同記事が転載されているが、かなり端折られていたので、ファミコン通信の当該記事を確認した上で内容を補足した。


さよならファミコン通信 堀井雄二書き下ろし『ドラクエ2』秘話・後編
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-222.html

(過去のファミコン通信の記事及び画像を紹介しており、当方も情報収集にあたって大変参考になりました。2010年以降は更新が途絶えているのが悔やまれますが、この場を借りて深くお礼を申し上げます)



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ファミコン通信 '87年4月17日号 ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)






ファミコン通信 '87年4月17日号
ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)



堀井雄二自身の筆によるエッセイ。DQ2の製作過程、開発秘話が詳細に語られている。

堀井の単行本『虹色ディップスイッチ(アスキー 1990年)』にも同エッセイが収録されているが、当エントリーではファミコン通信に掲載された文章をそのまま転載する。

なお、下記のブログでも同記事が転載されており、当方が原文を参照して若干補足した部分もあるが、大半の文章をそのまま利用させて頂いた。


さよならファミコン通信 堀井雄二書き下ろし『ドラクエ2』秘話・前編
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-271.html
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-272.html
http://sayonarafamitsu.blog.fc2.com/blog-entry-273.html



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